2009年6月16日火曜日

「チョコラ!」

東京もいよいよ梅雨入りかな~と感じさせるような静かな雨の降り始めた6月5日、渋谷ユーロスペースで、小林茂監督の映画「チョコラ!」を見てきた。チョコラとはスワヒリ語で「拾う」を意味するスラング。くず拾いをして生活しているストリートチルドレンを指すという。

親から見離されたり、家出をくり返したり、いじめにあったり…、さまざまな理由から、ケニアのとある町で路上生活を送る子どもたち。やぶれたセーターを着て、時にはシンナーやタバコを吸いながら、ごみの中から金目になりそうな缶やプラスティックを拾って日々暮らしている。「ゴミと希望、拾って生きる」のコピーどおり、子どもたちは貧しくても、したたかに、たくましく、今を生き抜いていく。

ケニアは私たちの心のふるさとだ。今から15年ほど前、私たちはそこで暮らしていた。それぞれ地域は違ったが、ケニア人と一緒に、ケニアの明日のために働いた。貧しくて、勉強は苦手でも、働き者で、心優しくて、歌や踊りがうまくて、笑顔がとびっきり素敵なケニアの子どもたち。「一生懸命勉強して、働いて、自分のために働いてくれた両親に楽をさせてあげるんだ」なんて殊勝なことを語っていた15年前の子どもたちは、果たして今、どこで、どんなおとなになっているのだろう?

15年たった今、経済はもっと厳しくなり、ケニアだけでなく、日本だってアメリカだって世界中が大変な時代。彼らが貧困から抜け出してますように…なんて儚い夢を見ていても、貧富の差はますます拡がり、都市近郊のスラムは大きくなる一方だ。彼らは今でもきっと世界の底辺を支えているだろう。「チョコラ!」を見て、そんな現実を突きつけられた。

世の中はいつだって不平等だし、不公平だ。チョコラがチョコラである理由も、チョコラたちには1%の責任だってないだろう。それでもチョコラは、貧困や生活の苦しさを誰のせいにもせず、自分たちの境遇を黙って受け入れ、そして笑い飛ばす。そのいさぎよさ。そして悲しみを知りつくしているからこそにじみ出てくる仲間や他者への優しさ。彼らの歌や、踊りや、その肉体は、生命力にあふれ、15年前も今も変わらず、私に勇気を与えてくれる。彼らをこのまま放っておいてはいけないと思う。
by JJ


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